のしごとのトップ / 土鍋ごはんは難しくない (華月のしごと)
当たり前に食べているお米には、当然ながら農家さんの存在があり、食べる時にお米を育てた方の顔が浮かぶこともあるでしょう。
それでは、お米を炊くための道具はどうでしょうか。こちらにももちろん作り手さんがいるからこそ、私たちはおいしくお米を炊くことができます。
炊飯器を使われる方が圧倒的に多いと思いますが、普段のお米をより一層おいしく味わうことができる『土鍋』でお米を炊いたことはありますか。
陶器でできた土鍋は、欠けたりヒビが入ってしまうなど、取り扱いが難しい面もありますが、蓋を開ければ湯気とともにお米の香りが広がる土鍋ごはんには、なんとも言えない特別感がありますよね。でも、難しく考える必要はありません。自宅で誰でも簡単に楽しめる土鍋があるんです。
今回は、三重県四日市市で土鍋を作る窯元を取材しました。
日本で土鍋を生産しているのは、主に二か所。三重県の伊賀市と、そして四日市市。
耐熱性に優れた特徴を持ち、伝統工芸品にも指定される萬古焼(ばんこやき)で土鍋を作る四日市市は、国内シェア8~9割を占めています。つまり、土鍋のほとんどは萬古焼と言っても過言ではありません。
そんな三重県四日市市で萬古焼を作る窯元『株式会社 華月』は、1856年に創業。
江戸時代に始まり164年の歴史を持つ。昭和時代に花器の製造をはじめ、昭和30年代には耐熱陶器を作りはじめる。火にかけて割れない物質ペタライトを見つけ、8年がかりで特許を取得。超耐熱性の土鍋を開発します。
現在は、長年の歴史と伝統を受け継ぎながら、時代のニーズに合わせた新しい商品開発にも力を注ぎ、土鍋をはじめとした蒸し土鍋、陶板などを製造しています。
土鍋の窯元と聞くと、原材料が採れる山間付近に窯のあるイメージをしていましたが、工場があるのは住宅地。外観は一般的な工場と変わらないので、初めてこの地を訪れた方は、この中で土鍋が作られているとは気づかないでしょう。もともとは住宅地ではなかったそうですが、150年以上の歴史の中で、周りの環境も変わってきたと言います。
工場の中では、およそ30人ほどの従業員さんが働き、四日市の土鍋を作る工場では最も規模が大きい。
そんな大所帯の中でひときわ若いのが、五代目代表の娘である幹子さん。みんなからは土鍋ちゃんの愛称で呼ばれる彼女が、工場を案内しながら華月のことを教えてくれました。
幹子さんは、三重県四日市市で生まれ育ち、大学進学で奈良へ。その後、商社に就職をしたのを機に上京。メーカーから商品を買い、小売店やコンビニに商品を卸す仕事をしていました。約4年間勤務した後、四日市に戻り家業である華月に入社します。
「ものづくりの技術がないと、私たちの身の回りのものはほぼないのに、地元にいる頃はメーカーという世界やものづくりができる技術すべてにおいて、あまり注目をしていなかったんです。一部の商品に限られるメーカーと比べ、いろんなものが扱える商社に興味があったんです」
「でも、都会に行くとローカルに目線がいくんですよね。東京で周りの知り合いが商品を使っていろいろと反応をくれ、ものづくりの技術があるのはすごいことだなと思いました。三重というローカルにいる時は、自分のことをぜんぜん可視化できなかったのに、それが東京に行ったことでものづくり、地元のこと、実家のことも含めて俯瞰して見ることができ、メーカーに携わりたいと思いました」
華月に入社した幹子さんは、東京で働いていた時の経験を活かし、新商品開発とマーケティング、そして営業を担当しています。ただ、たとえ家業であっても現場の大変さや、一つのものを作る手間までは知らず、働き始めてから初めて知ったことも多かったと言います。
「一つのものを作る奥深さを感じました。経営理念でもありますが、うちは品質第一で全ての工程において品質を守らなければいけないんです。火にかけて割れない耐熱食器は、火にかけて割れてしまう耐熱ではない食器に比べ、当然品質を守るのは難しく、土も釉薬も違うので原材料から工程まで全てが難しくなります。また、華月は一人ではなく大勢で作っているので、みんなの目を一致して品質を合わせるのも大変なところです。だから、こんなに難しい工程を経て作られていることを私も入ってから初めて知りました」
「商社で働いていた頃は、取り扱うのは良品のみでした。でも、その良品を生み出す裏にはこんなにも大変な苦労があるのかと、ものづくりをする方々の苦労をここに入って初めて知り、ものを見る価値と人を見る価値が入って変わりました。それに気づけてよかったですし、東京にいた頃にやりとりさせてもらったメーカーさんには感謝しかありません」
土鍋と聞いて、なんとなく頭に浮かぶ方は多いと思いますが、作り方までを想像できる方は少ないはずです。簡単に製造工程をみてみたいと思います。
土鍋づくりは、土から始まります。
まず、土ねりと呼ばれる工程。板状になった土を空気が入らないように練り、粘土が作られます。それを土鍋の形に作られた型に入れ、粘土が引き伸ばされていきます。
成型後、持ち手を付けたり、丸みを帯びた美しいフォルムを作ったり、模様付けなどは機械ではできず、手作業で仕上げられていきます。その後、水が含んだ状態で焼いてしまうと切れてしまうので、一次乾燥を行い20%ほどの水分を抜きます。
その後、低い温度で素焼きを行うことでさらに乾燥させます。
乾燥が終われば、絵付けや釉薬を付け、本焼成の過程で1200度以上に熱せられた窯で本焼きされる。そして最後に検品され、お客さまの元へ出荷されるといった流れになっています。
本焼きの窯は、24時間フル稼働。夜中も自動で焼き続けられているというから驚きです。
工場で製造過程を見学していると、窯を担当する幹子さんのおじさんでもある藤井さんが、気さくに声をかけてくれました。
藤井さんは、華月で働き始めて40年近い超ベテラン。この会社の中で、もっとも古くから働いていると言います。製造のほとんどの部署を経験し、土鍋づくりを知り尽くす人物の一人だ。
「原料の土も同じところでずっと取れるわけじゃなく変わってくるし、気温やガスの温度が1~2度でも変わってくる。だから、追及したらほんとにきりがない。でも、土鍋の世界は奥深くておもしろいよ」
この工場で作られる代表的な製品が耐熱の『大黒ごはん鍋』。
萬古焼の特徴でもある高い耐熱性能を持ち、空焚き、濡れたままの状態や冷蔵庫から出してすぐの加熱でも割れません。火加減の調整が必要なく、誰でも簡単においしいお米が炊けるだけでなく、冷めたごはんを土鍋のまま電子レンジで温めることもできます。吹きこぼれない形状になっており、ごはんがこびりつきづらいので、手入れのしやすさや重さにも配慮し、改良が続けられてきました。
これぞ、まさにごはんを炊くため専用に作られた土鍋。
割れない磁器(じき)と違い、陶器(とうき)は熱を加えると割れてしまいます。しかし、華月の耐熱陶器は、無数の穴が空いておりこの穴に熱い空気が入ることで、蓄熱性が高まり割れない陶器ができる。
さらに、自社開発の土と釉薬がおいしく炊ける秘密なんだと、幹子さんが教えてくれました。
「自社で釉薬を作るのではなく、釉薬屋さんで作られたものを使用しているところが多いので、オリジナル開発が三重県内でもあまりありませんが、華月はオリジナル土とオリジナル釉薬を配合しています」
「対流のいい釉薬と土の配合により、炊く時にお米に動きが出やすくなります。また、火加減は一定で調整の必要がありません。火を止めた後、95度以上を20分は保つので、炊飯だけなら一合5分くらいで炊けるスピードも魅力です。また、おひつとして容器のまま保存もできます」
華月のごはん鍋は、自宅で食事をする機会や、おいしいごはんを食べる楽しみをもっと感じて欲しい。そんな想いから、手間が少なく、誰でも簡単においしい土鍋ごはんが炊けるように作られています。
「普通の土鍋とごはん鍋は、両方とも同じ味で炊くことはできます。ただ、普通の土鍋は釉薬などの配合が違うので、水の吸い方も違いおいしく炊くには火加減などの工夫が必要です。それをとっても簡単に手間いらずにしたのがごはん鍋です。ごはん鍋には、ごはん鍋用の工夫をメーカーは絶対しているので、毎日のおいしいをアップデートをするにはとっても楽だと思います」
「今は、毎日のごはんをおろそかにしてしまう世の中で、ますます買って食べることが進みます。それでもいいとは思いますが、そんな中でもごはんを炊いた時の喜びを忘れないような生活をしてほしいです。たまの休日の時にお邪魔しない程度でいいんです。ちょっとでもおいしさを忘れないことに寄与できたら嬉しいな」
どんな方にこの商品を使ってもらいたいですか?
「炊飯器会社さんもCMで言ってるように、土鍋で炊くお米はおいしいので、蓋を開けた瞬間の高揚感を知らない人に知ってもらえたら本望です。新米ができるのを楽しみにしたり、毎日炊けるのが楽しみと思える日々を過ごしてもらえたり、知らない人に知っていただけたら嬉しいですね」
幹子さんは、製造を経験していないので、夏の暑い時に1200度を超える窯の隣で、日々ものづくりに励む職人に頭が上がらないという。
お父さんである五代目の夢を実現していく姿にも自分はまだまだ勉強不足、精進したいと思うのだそう。まだ世にないもっともっとごはんがおいしく炊け、毎日の食卓で感動を味わえる調理器具を開発したい。そのために、お米からごはんまでトータルで勉強中だと語ってくれました。
「お客さまに寄り添い、使ってくださる方を大切に考え、トータルにプロの使い手としてお答えできるようになりたいなと思っています」
華月で作られる土鍋は、手作業の部分も多いため、土鍋の持ち手などにはつくり手さんの手跡が残っているものもあります。
大量生産品には決してできない、土鍋ならではの温もりをぜひ感じてみてください。