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主役は自分じゃない

MANATEAのしごと

MANATEA

鳥や虫の鳴き声が聞こえ、風が自然の香りを運んでくる。
身近に草花が咲き誇り、その先にはどこまでも美しい景色が広がる。

あとは美味しい食べ物さえあれば、もう他になにも言うことはないかもしれない。

MANATEA

山に囲まれた兵庫県の北部、豊岡市は、都会のような賑やかさや便利さはない。けれど、ほっと一息つくことができるような、落ち着いた時間がこの町には流れている。

市街地から約15分ほど車を走らせると、もう山の向こうは京都になる県境近くに、およそ80軒ほどの小さな集落がある。豊岡市法花寺(ほっけいじ)と呼ばれる地域だ。

集落の中の細い道を車でぐんぐんと進んでいくと、徐々に山が近づきいよいよ行き止まりというところで、お店の看板が見えてくる。

夏には虫だけでなく鹿やイノシシの姿も見られ、冬は雪で覆われる。わざわざ来なければ決して訪れることのない場所は、誰にも邪魔されることなく、人間が本来持つ五感とよばれる感覚機能を呼び起こし、忙しい日常で忘れがちな気持ちを取り戻させてくれるようだ。

そんな場所にそっと佇むカフェがあります。

MANATEA

MANATEA

2018年5月25日にオープンしたMANATEA(マナティー)は、ケーキと焼菓子の古民家カフェ。今年で4年目になる。

敢えて来ることがなければ訪れない場所とあって、お店からはとても美しい景色が広がり、それを見るだけで来てよかったと思わせてくれる。

しかしながら、お店としては非常に不利な立地にある。なぜこんな場所にお店を出したのか、お店のオーナーであり、パティシエの森真奈美さんにお話を伺った。

MANATEA

森さんは、市内の高校を卒業後、大阪にあるカフェ学科のある専門学校に進学。料理を基本として、スイーツやコーヒーなどをそこで学びました。

「母が料理やお菓子を作るのが好きだったので、一緒に作ったりしていたこともあって、進路を決める時に、料理が学べる学校を選びました。ただ、作ることは好きでしたけど、めちゃくちゃそれをやりたかったかと言われると、ちょっと自信がないんです」

料理の道に進んだものの、どうしてもそれをやりたかったわけではなかった。

高校卒業のタイミングで将来の夢が決まっている人ばかりではない。なんとなくで進路を決めたという人も多いだろうし、森さんもそうだったのかもしれない。

しかし、作ることや人をもてなすことが好きだった両親からの期待や影響もあって、料理の道へと進んでいったのは、自然な流れだったのかもしれない。

「みんなの期待みたいなのはありました。作ることが好きだった母は、自分でもやってみたいという気持ちがあったみたいですし、父もみんなをもてなすのが好きだったので、二人ともなにかここでやってほしいという気持ちはあったのかもしれません」

MANATEA

専門学校を卒業後は、大阪にある二軒のイタリア料理店とカフェで約6年ほど働き、経験を積んでいく。

しかし、その当時、働いていたお店に不満があったわけではないものの、このまま都会で働くことが果たして自分にとっていいのかと、漠然とした悩みを抱えていました。そんなある時、とある言葉に背中を押され、26歳のタイミングで地元にUターンすることを決意します。

「もともと地元は嫌いじゃなく都会に行きたかったわけでもなかったけど、とりあえず専門学校に進学しました。でも、地元にいる姪っ子の成長していく姿を見られない寂しさも若干あって、今後どうするかを悩んでいました」

「30歳を過ぎたら絶対戻らない気がすると思ったし、子どもを育てるなら田舎がいいなとも思いつつ、でもタイミングがなくてどうしようと思っていたら、ちょうどその時に『今でしょ』って言葉が流行ってて、今でしょって思ったのはあります」

MANATEA

意外な言葉に背中を押され、家族にも相談した結果、26歳でUターンしてきた森さんは、戻ってきたタイミングでお店を開業することも考えたが、長い間地元を離れていて状況が分からなかったこともあり、まずは地元のお店で働く道を選びます。

「専門学校で学んだことも、大阪で働いていたお店も、料理が中心だったこともあり、スイーツの経験が少なかったので、食事できるカフェにしようと考えていました。でも、前の職場でスイーツのすごく得意な方がいて影響を受けたり、料理をするにしてもスイーツの美味しいカフェがいいなと思って、地元のケーキ屋さんで働くことにしました」

「大々的に募集をされていたわけではなかったんですが、たまたま帰省のタイミングがあったのでそこで面接をしてもらって、店長がすごく気に入ってくださって、大阪のお店を辞めることにしました」

そうして地元のケーキ屋さんで4年働き、30歳になったタイミングで独立。

一年ほどは準備期間としてかかったものの、31歳でようやくMANATEAをオープンします。しかし、お店開業にあたっては綿密な準備や経営の勉強をしていたというわけではなく、ギリギリまで迷っていたんだそう。

「経営にあたっての勉強はほとんどしてなくて、そこだけが私も大丈夫かなと思いながらでした。業者さんとの付き合いは、前の職場の店長がお世話してくれたので大丈夫でしたが、銀行さんとの話しもあまりわけわからないままお任せしたり。そんなこともあって、改装をしながらもギリギリまでやるかやらないかを迷ってて、実はめちゃくちゃやりたいって感じではなかったんです」

ギリギリまで悩んだ開店

MANATEA

森さんは、自分でも認めるほどの優柔不断な性格。それもあってお店をやるかどうかはギリギリまで迷った。

「すごい優柔不断で悩んでしまうんです。新しいケーキを作るときも、見栄えや食べやすさを考えるとフルーツをどういう風にカットするのかだけでもめちゃくちゃ悩みます。だから、旬のものを使って新しくなにかを作りたいと思っても、仕上がるのはいつもシーズンオフ。それを見越して去年のクリスマスに、来年の分を考えようと思ってまだ考えられてません(笑)」

「お店の内装のほとんどは父が作ったものですが、カウンターや厨房には私の希望が入っているので、そこの工事はギリギリまでストップしてもらい、何度も話し合って決めたので、オープンまでかなりギリギリだったと思います」

そこまで迷う性格にも関わらず、自分のお店を持とうと思ったのはなぜですか?

「明確なきっかけはないんです。もともと期待をされて専門学校に行ったので、ぼんやりいつかできたらいいなと思いつつ、引っ込み思案で自分が前に出てやるイメージもあまり湧かなかったし、なんならお母さんにやってもらって、私はスイーツを作るだけでいいかなって」

「でも、やってみようとはどこかで思ってたのかもしれません。それは、前のケーキ屋さんに勤めてた影響もあるかな。自分だったらこうしようとか、こうしてみたいってことを秘めていて、いつかそれを自分のお店で実践してみたい気持ちがあったのかもしれないです」

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定番のイチゴのショートケーキ

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開店当初から人気のメイプルナッツタルト

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チョコで作ったお店の名前がスイーツには添えられる

これでもかと悩みに悩んで完成する森さんのケーキは、彼女の性格をそのまま表したかのような、手づくりとは思えないほどきっちりとしてキレイな仕上がりだ。

とことんまで迷って作り上げたものは、毎回納得のいくものになるのだろうか。

「周りにはそこまで悩まずとりあえず出してみたら?と言われますが、納得しないと出していません。もちろんそれは味や見た目もですが、工程がすごく大変になってないかとか妥協してないかとか、そんな葛藤は常にあります」

「それに、もともと専門学校では料理を中心に学んできて、お菓子づくりの経験が少なかったのもあって、分からないからこそいろいろと試行錯誤の時間が長いのかもしれないです」

ケーキは、試作と言えど、とりあえず少しだけを作るということはできない。しっかりとホールで焼かなければならないのもあって、できるだけ失敗がないようにと思うと、どうしても手を動かす前に考える時間が長くなってしまうんだという。

主役はケーキじゃない

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自家製のさつまいも

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MANATEAでは、ショートケーキなどの定番ケーキが4種類ほどと、旬のフルーツなどを使った季節ものが2~3種類ほどを常時用意するようにしている。

ちょうどこの日は、秋にピッタリのさつまいものタルトが焼きあがったところだったが、このさつまいもはお店の裏にある自分の畑で収穫した自家製のもの。

「できれば地元のものを使いたいのはあって、地元のフルーツや米粉を使ったシフォンケーキとか。フルーツも自分が納得できないものは地元のものでも使わなかったりするんですけど、地元のもので試して食べてみていいなと思ったらそれは使うようにしてますね」

MANATEA MANATEA

地元の食材や自家製の材料を使い、ひとつひとつ手作りするケーキ。納得のいくまでこだわってこだわって作られたケーキですが、意外にもケーキは主役ではなく脇役でいいんだそう。どういうことだろう。

「この空間で食べてもらうことがメインとして自分の中であったので、自分のケーキを食べてくださいというよりは、この空間をみなさんに楽しんでいただくためのお供のものという方が若干しっくりくるのかなと思います」

「MANATEAは、景色とともに四季のものを楽しんでいただくのがコンセプトなので、五感で楽しんでいただきたくて、秋は庭に銀木犀があるのでその香りがしてきたり、ススキが窓から見えたり、夏はセミの鳴き声がしますし、冬は雪が深いので来るのは大変なんですけど、入ってしまえば景色はいいと思います。朝は小鳥のさえずりが聞こえて、時間帯によってもぜんぜん違うので、そんなのも楽しんでもらいたいです」

父親と一緒に作ったお店

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森さんがこだわったカウンター

五感を使って楽しむことができる空間は、もともと森さんが子どもの頃に住んでいた自宅だったそうだ。

20年ほど前に同じ地域内での引っ越しを機に、この建物は空き家になってしまっていたが、森さんのお父さんが建物が傷んでしまったり、放置することで近所の方に迷惑がかからないようにと、欠かさずメンテナンスを行ってきたので、築200年を超す建物は今も現役だ。

いつか誰かに使ってもらいたいという願いもあり、森さんがここでお店をすることになるが、お父さんの努力の甲斐あって、お店をオープンするにあたっての大きな改修が必要だったのは、厨房周りのみだった。

MANATEA

お店を象徴するエメラルドグリーンの扉

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すぐ近くにある森さんのお父さんの建設会社

MANATEA

お父さんお気に入りの脱穀機

お店の印象的なエメラルドグリーンの扉は、お客さんのほとんどの方が写真を撮っていくほど、お店を象徴する存在になっていて、イメージカラーにも使われているもの。てっきりお店のためにオーダーしたものかと思いきや、森さんのお父さんが営む建設会社で余っていたものを再利用したものなんだという。

「父の会社のイメージカラーがこのグリーンで、別のところを改装した時に外して余っていたものを取り付けてもらってイメージカラーになりました。なのでこのお店は、父の色が7~8割くらい入っていて、私が口を出したのは厨房とカウンターのあたりだけです」

店内のテーブルもお父さんの手作りだったり、カウンターの上にディスプレイされた脱穀機もお父さんがどうしても置きたくて設置したもの。これには森さんもさすがに反対をしたそうだが、結果お客さんの反応がとても良く、今では感謝しているんだそう。

この景色と建物が人を連れてきてくれる

MANATEA

MANATEAは、森さん一人で製造から接客まで行い、週に6日営業している。体力的にも厳しい部分がありながらも、オープン当初はなかなか休むこともできなかった。

「こんな遠いところまで来てもらって休みだったってのは申し訳ない気持ちがありました。でも、4年目に入ってからちょっと休んでもいいかなと思えるようにはなりました。余裕が出てきたのかもしれないですね。落ち着いてきてお客さんがきてくださる安心感もあるかもしれないです」

「最初の頃は、インスタとか宣伝自体があまり重要だとは思ってなくて、むしろケーキがなかったらどうしようもないので、私はケーキを作ることで頭がいっぱいでしたが、ようやく来てくれる方のことを考えて商品作りができたり、苦手ですがSNSを使った発信もできるようになってきました」

MANATEA MANATEA

オープン当初、そこまで強い想いを持って始めたお店をではなかったものの、4年続けてきて今はどのような心境でしょうか。

「幅広い年代のお客さんに来ていただいてるのが印象的です。年配の人は古い建物を気に入ってくださるし、若い方もかわいいと言ってくださったりして、自分的にはあまり古民家すぎるのは嫌だなと思ってましたけど、今となっては良かったなって思えます」

「もともとあまり積極的には始めていないお店ですが、理想以上になっているかなとも思います。思ったより来て下さるし、みなさんが口コミで伝えてくださるし、持ち帰りもしてくださる。広告を出してないにもかかわらず、お客さまがお客さまを連れて来て下さるのが嬉しいです」

MANATEA

最後に、ここでお店をやってよかったと思いますか?

「よかったなって思います。もともと地元もこの家自体も好きだったけど、こんなど田舎をお客さまにも気に入ってもらえて嬉しいです」

MANATEAという店名は、自分の名前から付けたものだが、森さん自身はお店を始めようと強い想いが最初はあったわけでもなければ、主張の強いタイプではないかもしれない。

でも、責任感が強い性格だからこそ、コツコツと積み上げてきたカタチが今のお店にはあるように思います。

毎日ここから美しい景色や自然が感じられ、お父さんが世話をしてきた建物が存在し続けるように、毎日このお店のショーケースにはケーキが並ぶ。どれが欠けてもこの場所は成り立たない。

そのために今日も工房には、森さんの姿がある。

 

撮影:だしフォト

店舗名 MANATEA
住所 〒668-0816 兵庫県豊岡市法花寺951
URL Instagram
Facebook
(2021.10.14)

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