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地域に出て支えていく

リガレッセのしごと
リガレッセ

病気をすれば病院に行く。当たり前のことかもしれない。
それが正解かどうかは分からなくても。

分からないから病院に行く。
でも、病院では治すことができない場合もある。

たくさん話をしたり、手を取り触れ合うことで気持ちが安定することだってある。普段の食事を見直したり、生活習慣を変え予防していくことも病を改善していく方法の一つで、病院に行き薬を飲むことだけが治療ではない。

そんなことを教えてくれたのは、リガレッセという会社だ。

リガレッセ

これからの時代、人口が減り、住んでいる人たちは高齢化を迎える。病院だけでは対応しきれない状況がもう目の前に差し迫っており、この問題に既に直面している地域も多い。

兵庫県の北部に位置する豊岡市は、山に囲まれた緑豊かな町です。山側ならスキー場も有する神鍋高原があったり、海側なら竹野浜海水浴場があり、夏でも冬でもアクティビティが楽しめる。カバンをはじめとした産業も盛んな町ですが、人口流出が激しく高齢化問題に直面している地域の一つです。

そんなのどかな町に、この町の現状と真っ向から向き合い、奮闘する一つの会社が立ち上がりました。

『一般社団法人ソーシャルデザインリガレッセ』は、一人の看護師が今の医療に疑問と限界を感じ、2015年に起業し立ち上げた。しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。様々な苦悩と葛藤があったが、挫けることなく突き進み続けたことで、今では共感する仲間に恵まれ、今日もこの地域を駆け回る。

リガレッセがスタートした、豊岡市内から車で15分ほどの日高町にある小さなアパートを訪れました。

一般社団法人ソーシャルデザインリガレッセ

リガレッセ

スタート当時の日高事務所

 

ここは、リガレッセの訪問看護ステーションの一つ。リガレッセはこの小さなアパートの一室から始まりました。

当時、わずか2名で訪問看護事業をメインとして始めた小さな会社は、今では約40名のスタッフが在籍しこの地域に新しい雇用を生み出している。そして、訪問に行くお宅の数は、月に1000件を超え、これだけの方がリガレッセの看護を必要としています。

リガレッセ

現在の日高事務所

事務所にお邪魔すると、ちょうどこの日の一日が始まったばかり。スケジュールを確認したり、引き継ぎ業務を行うなど、とても賑やかでパワーに溢れた雰囲気で業務が進行していき、準備ができたスタッフから訪問先へと飛び出していく。

看護や介護、病院や福祉施設といったものはどちらかというと暗い印象があったが、ここはそれとは違う。時には冗談を交え笑い声が響く終始朗らかな空気で、これまで勝手に持っていたイメージを全て覆されるようで、良い意味で拍子抜けしてしまった。

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豊岡事務所

リガレッセの訪問看護ステーションは、日高町ともう一つ豊岡市内にもある。

日高町のステーションは、徐々に利用者さんが増えたことで、スタッフの数も増やしていったため手狭になってしまった。また、リガレッセがカバーしているのは、豊岡市だけでなくその周辺エリア但馬地域になるため、広い面積の中に住宅が点々としています。すると、訪問するための車移動に時間がかかってしまうことも課題としてあり、2019年に新しく豊岡市内で事務所を増やした。

新しい拠点が生まれたことで、これまで距離の問題から訪問することができなかったお宅にも伺えるようになり、さらにこの地域を幅広く支えることができるようになりました。

訪問「看護」

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これから訪問に行く、看護師の雑賀(さいが)さんに同行させていただく。

この日の訪問先までは車で約30分。これでも近い方で、これくらいの距離があるお宅を毎日5件ほど回るため、移動時間が占める割合は大きい。

訪問先に到着すると、さきほどまでの和やかな表情からいつの間にか看護師としての顔に変わり、同行するこちらにも緊張感が伝わってくる。

訪問看護は、看護を必要とする方の自宅へ看護師が訪問し、その方の症状や病状に応じた看護サービスを提供するが、その看護は非常に多岐に渡っています。

定期的な健診による健康状態の観察をはじめ、健康改善や悪化を防ぐサポート、相談、アドバイス、リハビリテーション。さらには、主治医・ケアマネージャー・薬剤師と連携し、点滴や注射といった病院と同様の医療処置、服薬管理、緊急時の対応なども行え、これらを全て訪問先の自宅で行う。さらに、何かあればいつでも対応ができるよう、サポート体制は24時間365日というから驚きだ。

この日伺ったお宅でも、まずは健診を行い、ご本人やご家族から最近の状態や変わったことがないかを聞き、その日に必要なケアを考え、処置を施す。体を拭いたり、服を着替えるお手伝いをすることもあり、必ずしも医療的なケアだけに留まらないが、その手際の良さには目を見張るものがある。

移動時間もさることながら、対話を大切にするリガレッセでは、様々なことをお話しするためどうしても時間がかかってしまう。だから、ケアを素早くしなければ多くの訪問先を回れない。でも、相手の話をしっかり聞いてくれるリガレッセのスタッフさんを利用者さんは心待ちにしており、普段あまり喋らない方も訪問の日はよくお話をするようになるそうだ。

雑賀さんがケアをする間、とても穏やかな顔をされ、最後には満面の笑みを見せてくれた。しかし、傍で見守っていたご家族の方は「私だったら怒って何もさせてくれないんですよ」と漏らす。

介護は、家族だからこその難しさがあり、そこにリガレッセのスタッフが介入することは、ご本人にとってもご家族にとっても非常に大きなこと。決して一人で悩まず、リガレッセを頼って欲しい。

支える人がいない

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現在の豊岡市では、65歳以上のご夫婦だけで住む家庭が約6000件にのぼる。その中で独居老人世帯は約2000件ほどで、2025年には日本全国で46万人が看取り難民となり、独居を迎える方が多数出てきてしまいます。

特に豊岡市は、大学がないこともあり若い人の都会への流出が激しく、75歳以上の方が一気に増える10年後は、高齢者を支える若い方がほとんどいなくなり、病院に自力で行くことができないだけでなく、入院できる病院も足りなくなってきてしまうが、きっとこれは豊岡市に限った話ではない。

そうなった時に自宅で最期を迎えなければならないが、介護サービスだけでは対応することができず、リガレッセのような訪問看護が、介護と合わせてこれからの時代にますます必要とされる。

そんな状況に危機感を感じ、リガレッセを立ち上げたのが、病院で看護師として働いていた代表の大槻さんだ。

医療のあり方を変えたい

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大槻さんは、京都府の出身。二人の子供を育てるシングルマザーで、奈良の病院で看護師として勤務していたが、子供の病気をきっかけに養父市に移住。この地域の病院で訪問看護の経験を積んだ後、2015年に起業。リガレッセを立ち上げます。

しかし、病院で働く他の看護師と変わらない一人の女性が、なぜこの会社を立ち上げることになったのだろうか。

「病院の中での看護や今の医療の在り方に、すごく疑問を感じていました。病気を治す治さないだけじゃなくて、看護師が家に来てくれて支えてくれる。看護がもっと日常の中にあるべきやと思っていました」

長年、病院で働くうちに疑問は少しずつ大きくなっていった。そこで、病院以外の場所で看護ができるところがないかを考え選んだのは、保育園だった。

「持っていたベビーマッサージの資格で保育園の看護師として働きに行きました。でも、いざ働いてみると思うようにいかなかった。その時に、立場がある程度ないとどんなに良いことを知ってても広めることができない、ポジションを作らないといけないんやと思いました」

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みんなにとって良いことを広めるために、看護師の立場を変える。

そこで思いついたのが訪問看護だ。病院の在り方に疑問を感じて辞めた病院だったが、訪問看護の経験を積むため、再び病院に戻り4年間現場で学ぶことになります。

「看護師が自立できることを考えて、その時点では訪問看護しか思いつきませんでした。学んできたものを活かして会社を作ろうと思ったら、自分が社会にとって必要な方法がほしかったんです」

「それに、病院に運ばれてもうまくいかないケースを見てると、この人にもっと早くに会って何かできなかったんやろうかと思いました。自分の子供が病気をして、食事などをちゃんとしたら元気になれたので、人は早くにケアすれば健康に導ける。だから、看護師は地域に出るべきやと思ったんです」

こうして、地域の病院で訪問看護を学びながら独立に向けて動き出す。

しかし、たった一人の看護師では会社を立ち上げる資金も、人を動かす力もなかった。そんなところに、日本財団が始めた地域に根差した在宅看護サービス事業所を運営・経営できる看護師を育成する、支援事業の募集チラシと出会う。

「学校に通い、認定看護師になって独立しようと思いましたが、学校に行くにはものすごいお金が必要で、投資してくれる人がいないかなと毎日思ってました。そんな時に、日本財団のチラシに、『看護師が社会を変える』と書かれているのを見て、ものすごい情熱が沸きあがり、何かを変えることができるかもしれない。そして、”あのお屋敷”も生まれ変わらせることができるかも、と胸を高鳴らせて東京に向かいました」

自宅のような場所を作りたい

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改修前の外観

大槻さんのお子さんは病気を抱えていて、子供と健やかに暮らせる家が欲しいと考え、日高町荒川にある築150年の庄屋屋敷を購入しました。

ここで野菜を育て、自由な環境で伸び伸びとした生活を送る予定でしたが、空き家になって何年も経つ建物は老朽化が激しくそのまま暮らすことはできなかった。購入後も手を付けられず、しばらく放置していました。

そんな時に、日本財団の『在宅看護センター起業家育成事業』のチラシをたまたま見かけ、第一期生として研修に行き、この建物を施設として生まれ変わらせるための支援を受けることになります。

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建て替え前の正門

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建て替え後。奥に見えるのが施設

今では立派な施設に生まれ変わったリガレッセの施設。初めて訪れる人は誰もが驚くほどだが、改修前はとても人が住めるような状態ではなかった。それにも関わらず、この場所を選び購入するまでに踏み切れたのはなぜだろう。

「以前は奈良で働いてましたが、子供が病気をしていてこっちも苦しいしイライラもして家の中も殺伐とする。良いものを食べさせてあげたいからお金もなくなるから、大変なら帰っておいでとお母さんが言ってくれて、但馬に引っ越してきました」

「最初、友達もいなくて孤独でしたが、近所の方が田んぼを無料で貸してくれて、ゼロから無農薬の野菜を作りはじめました。ただ、畑が少し遠く住みながらできる広いところを探して不動産屋さんに紹介してもらったのがここでした。門がすごく素敵で、ここなら自分たちで育てたものを食べさせたり着せたりできると思って買うことに決めました」

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こうして日本財団の支援もあり、2017年3月30日にこの古民家を再生し、『看護小規模多機能型居宅介護支援事業所(かんたき)』がスタートしました。

ここでは、施設に通い宿泊をしたり、自宅への訪問看護・訪問介護といったサービスを一体化して提供することで、住み慣れたお家で安心して過ごしたいという方の想いに寄り添います。

さらに、在宅や自宅のような場所で看取りたいという方のために、終末期看護にも対応。高齢者・難病・精神疾患・小児疾患などの方々を中心に、この地域の暮らしと健康を支えています。

日本財団(笹川保健財団)の研修では、建物の改修に関する補助以外にも、大槻さんの気持ちを後押しするできごとがあったと言います。

「自分の考えがもしかしたらマイノリティで、組織の中でも間違ったことを言ってるのかもと、ずっと少しだけ不安がありました。でも研修に行ってみて、同じ意見の人がいっぱいいて、一緒に頑張ろうと言ってくれる組織があって、間違ってないことに自信が持てて、すごく楽になりました」

リガレッセ

完成した施設は、昔の建物ならではの不便な部分も多い。

しかし、最低限の設備を確保しつつも、趣を大切にそのまま残したことで、一般的な施設や病院とは違ったお家のような温かみのある雰囲気になっている。

看護師の他に、介護士、管理栄養士など、様々な職業の方が在籍しており、24時間何かあればすぐに看護師が対応できる体制が整うが、病院との大きな違いはベットの数がわずか9つしかないこと。少ないスタッフが大勢の患者さんを見るのではなく、ひとりひとりにしっかりと寄り添い支えているのが印象的だ。

病気になったり歳を取れば、徐々にできないことは増えてしまう。そこでできなくなったことを代わりにするのは簡単なことかもしれない。でも、それでは本人の可能性を潰してしまうことになる。リガレッセでは極力できることは本人にしてもらう。スタッフはそこにそっと寄り添う。

病院のようなルールはほとんどないので、利用者さんごとにケアの仕方も違う。だからこそ、現場からの意見が重要で、どんどんと採用され実践される。利用者さんも、働く人も、みんなが伸び伸びとした環境がここにはあります。

本人の意思を尊重する

リガレッセ

病院は治療の場で、リガレッセは暮らしの場。

リガレッセでは、最後をこの場所で迎えたいという方も受け入れる。病状によっては、医療用麻薬をかかりつけ医に処方してもらいそれを使って痛みを取り除き、ご本人やご家族がどうしたいかの話し合いを繰り返し、豊かに過ごせる時間を提供している。

利用者の方がやりたいことを最優先にしてケアを行うので、ドライブに行きたい方がいれば連れていき、畑に行きたいという人がいれば一緒に散歩をする。これは、自分らしい生きる時間を過ごして欲しいという想いからだ。

共有スペースでは、入居者さん同士で話をしたり、スタッフみんなで一緒に歌を歌ったり。その脇では食事の準備が始まりいい匂いがしてきたりと、まるで家のリビングでくつろいでいるようだ。

入居する方の中には「やっと家に帰ってこれた」と家のような安心感を感じる方もいたり、「最後に家族とゆっくりと過ごすことができた」と、ここで過ごした時間に満足しながら旅立っていく方も少なくないんだそう。

リガレッセ

訪問看護からスタートしたリガレッセは5年が経つ。

当時、新しいことを始めた大槻さんは非難されることも少なからずあり、何度も挫折しそうになったと言います。しかし、それでも諦めずに続けてきたことで、今では想いに共感しここで働きたいとやってくる仲間が増えています。

「リガレッセのみんなは、今の医療や病院、高齢者の死への在り方に疑問があり、何か自分の存在が役に立つ場所がないかを模索していて、リガレッセの形を伝えると納得できる人がほとんどです。ただ、その先に『まちづくりができる看護師』がこれからは必要だと思っています」

「病院での看護は、治療する人に対しての看護が中心。でも、『治療としての命』ではなく、もっと『物語としての命』を知り、そこにケアを提供する必要があります。ただケアをして終わりじゃなく、再発しないようにどうすべきか原因を考えたり、残りの時間で何をやり遂げたいかを聞き取り、その人の想いを形にできるケアをしてほしいです」

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「それに、答えが出ないこともありますが、家族やご本人と一緒にケアする人が入って悩んだというプロセスが大事だと思うので、一緒に悩んであげてもらいたいです。そのプロセスを一緒に踏んだこと自体がきっと心の支えになるから、そこから逃げないで欲しいです」

この地域には、リガレッセの想いが伝わってきたと感じますか?

「田舎の方では、看護師さんは基本的に病院にいることが当たり前。だから、家まできてくれる看護師さんがいるということは、ある程度この地域に浸透したかもしれません」

「でも、私たちは次にカフェをはじめました。ここからだと思います。もちろん否定する方もいるし、最初は理解してもらえないと思いますが、なぜカフェを始めたの?と思わせるところに、私の投げかけを感じて欲しいんです」

正しい食を学ぶ場

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萱カフェ「miso」

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壁一面が萱でできた空間は不思議なパワーを感じる

リガレッセは、施設の隣に正しい食を提供し、そして学ぶ場としてオーガニック食材を使ったカフェ『miso(みそ)』を2018年12月にオープンしました。壁一面を大胆に萱で作った空間は、洗練されたスタイリッシュな空間を温かく包み込んでくれるようだ。

ここでは、リガレッセの畑で育てたオーガニックな食材や無添加の調味料で料理が作られている。また、食を学べる定期的なイベントを開催したり、農家さんが直接持ってきた無農薬野菜を手ごろな価格で購入できたり、時にはヨガ教室が行われたりと、健康に繋がることを取り込み、来てくれた方が吸収できる場を作っています。

「食べることは命に繋がる大事なことです。安全な野菜を子供に食べさせたいお母さんはいっぱいいると思うんです。でも、私も安全なものを子供に届けられる仕組みを求めていたので分かりますが、無農薬のお野菜は普通に買ったらすごく高いから買えないんです」

「毎日全部をちゃんとするのは無理だから、まずは食を知り食に関する情報格差をなくしたいと思っています。そのために、知る機会やきっかけを作りたいし、安くで手に入れられたり、農家さんから直接買える仕組みを作りたいんです」

リガレッセ

ランチメニューなどのお野菜も全てここで収穫されたもの

カフェに来ることで健康にもなってもらえるし、食事とは何かを考える機会を提供する。美味しい食事を食べるだけでなく、食べることをしっかりと考えるきっかけを作る。

大自然のエネルギーいっぱいの食を提供し、そして食べた方が本当の食を学べる場を目指す。これがリガレッセの目指すカフェの在り方だ。表向きはカフェだが、その機会を作れることならどんどん取り入れていこうとしています。

「人は孤独で幸福度が低くなると、薬をきちんと飲んでいても病気になりやすいと言われていて、その一方で、自分の好きなコミュニティがあれば、薬を飲まなくても長生きできることが証明されています」

「そういう機会を作る場としてもここは考えていて、手段としてカフェを選びましたが、食を提供できればカフェじゃなくてもよかったんです」

この先のカタチ

インタビュー

施設は、決して交通の便が良い場所ではない。にも関わらず、毎年数百人ほどが見学にここを訪れる。大槻さんは、そんな方たちを施設の後ろにあるリガレッセの広い畑へと招き入れる。

ここでは、施設の利用者さんも一緒になって畑を耕すこともあり、この日も周辺をスタッフと一緒に散歩する姿が見られた。

この広大な畑は、今はまだカフェで提供する一部の野菜やハーブを育てているだけ。でも、ここを開墾していき、いずれは山羊を飼って乳製品を作ったり、子供たちが遊べる公園も作りたいと壮大な夢を語るが、次々に形にしていく姿を見ていると、それも遠くない未来のように思える。

リガレッセ

庭には樹齢1000年を超える大きな木がある

次から次へと新しいことに挑戦していくのはなぜでしょうか?

「そもそもケアは、国の保険を使って買ったり売ったりするものじゃないのでは?とも思います。そのためには、もっとケアを創造的に考え、提供していく必要があります。例えば、花屋さんをうちが始めたとしたら、表向きは花屋さんでも実は家族を失くした方の心を癒すことを目的とした花屋さんであるとか。形が変わっても自分の視点で、看護を切り開いていく力をみんなで付けたい。カフェはその第一歩です」

「そんな時代に向けて、会社は活き活きと人が働く場を作り、そして学べる機会を提供できないといけません。リガレッセがもし解散することになったとしても、次の日からでも生き抜いていける力を持った人たちを育てていくことに意義があると信じています」

様々な新しい事業を模索し、目まぐるしく状況も環境も変わるリガレッセ。しかし、核には看護があることは揺るがない。地域にとって、そして社会にとって、看護を切り口として何ができるのかを常に考え行動する。

リガレッセは、今日もこの地域を走り続けている。

(2020.01.21)

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