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家族と自分のことを第一に考えた売り方

パンとカヌレ。のしごと

パンとカヌレ。

営業:基本的に予約販売
定休日:不定休

ショップカードには、こんな風に記されている。

これを見てあなたならどう思うだろう。

不安に感じる人も多いかもしれないし、諦めてしまう人も多いかもしれない。

けど、この謎めいた感じが妙に気になってはこないだろうか。

「お店の名前だと思われてないことが多いんです。カヌレを予約したいけどなんてお店ですか?とか。シールに書かれているのは商品名ですか?とか。だから、まだまだだなぁって思います」

と、謙虚に自分たちのことをこう話すのは、パンとカヌレ。の家元さんだ。

パンとカヌレ。

パンとカヌレ。は、名前からも分かるように、この二つが看板商品となったお菓子のお店。

敢えて実店舗を持たず、市内のこだわりをもったスーパーに商品を卸したり、個人のお客さまへの配達、ネットショップを中心に販売をしています。

安心・安全な素材を厳選し、ひとつひとつ丁寧に作られたパンとお菓子は、少し値段は張るものの素材にこだわるお客さまを中心に人気となり、スーパーに並ぶとすぐに売れてしまうほどだ。

今回は、そんな『パンとカヌレ。』を営む、家元さん夫妻にお話を伺うため、山に囲まれた小さな集落を訪れた。

パンとカヌレ。

パンとカヌレ。

工房があるのは、兵庫県の北部、豊岡市。国の特別天然記念物に指定されたコウノトリが空を舞う自然が豊かな場所で、近くには人口巣も見える。

ぐるっと山に囲まれた集落は、古い町並みが残り、知らなければ決して訪れることはないだろう。

この集落のメイン通りは一本の細い道。対向車とすれ違うことも難しく、引き返せるだろうか、本当にこの先に工房があるんだろうかと不安になる。

おそるおそる車を走らせ進んでいくと、立派な塀に囲まれた大きな古民家が見えてくる。

この場所で合っているんだろうかと再び不安になりながら、塀の中にある広い敷地に車を停めると、エプロン姿の家元さんが出迎えてくれた。

パンとカヌレ。

案内されて大きな建物の中に一歩足を踏み入れると、部屋の中いっぱいにパンの香りが広がり、ここで間違いないとようやく確信ができた。

入ってすぐの土間が工房になっており、水を流せるように床に新たにタイルを貼ったり、電気工事など最低限の改修は行ったものの、ほとんどが当時のまま。建物を大切に使われていることがうかがえる。

昔は、土間にかまどがあったことから、壁はすすで真っ黒になり部屋全体は少し薄暗い印象だが、大工さん曰くこの状態がとても良いらしい。天井が高く開放的で、周りは山に囲まれ、虫の鳴き声しかほとんど聞こえず、窓から差し込んでくる陽の光が幻想的な空間だ。

静かなこの場所に、ひっそりと工房を構える家元さん夫妻に、お話を伺ってみたいと思います。

地元で人気のレストランだった

パンとカヌレ。

豊岡市で生まれ育った家元翔平さんは、実家が喫茶店をしていた関係で、子どもの頃からお店は身近な存在だった。

高校を卒業後、京都市内にある調理師専門学校に進学し、そのまま京都市内のいくつかの飲食店で経験を積んだ後、いつかは地元に戻りたいという気持ちがあり、25歳でUターン。

地元に戻ってきた家元さんは、開業のためのお金を地元のレストランで働きながら貯め、10年前の2011年に独立。『Brutus.』という名前で地元にカフェをオープンします。

Uターンしてお店を始めるなら、地元で誰もやっていないお店をやりたいと、市内でも家賃の高いエリアにお店を出しがむしゃらに働き続けるものの、忙しい日々の中で自分がしたいことは本当にこれなのかを自問するようになります。

そして、お店にお客さんとして来てくれた亜希子さんと結婚し、子どもが生まれたことで、生活スタイルや自分自身の考え方も変わり、今の働き方でいいのかを見つめ直すことになります。

「結婚して子どもが生まれたことで、生活スタイルや食材の選び方が変わりました。食べ物にもっと目を向けひとつひとつの素材を見てやっていきたいと思うようになり、カフェからコース料理を主体にしたレストランに変え、時間をかけて作ったものを食べてもらう形にしました」

パンとカヌレ。

コース料理を主体にしたレストランは、お客さんの数が限定されてしまう。しかし、それでも自分たちのやりたいこと、食べてもらいたいものを時間をかけて作りたいと、お店の在り方を模索しながら、自分たちの考え方やその時々の生活に合わせたスタイルへと変えていきます。

そして、素材にこだわったレストランを一緒に支えてくれたのは、亜希子さんだった。

もともと保育士として働いていた亜希子さんは、結婚を機にレストランを手伝うことになる。飲食業界は未経験だったが、趣味で長年パン作りをしていたこともあり、お店でもパンを出すようになります。

「趣味で休みの日にずっと作っていて、旦那と付き合ってる時から食べてもらったりもしていたら、お店で出せるんじゃない?と言ってくれて。それで一緒にレストランをすることになった時に、初めて自分のパンを出してみたらお客さんの反応が良くてそこからですね」

このときから今でも、パンを焼くのは亜希子さんの担当だ。

しかし、夫婦二人三脚のこだわりをもったレストランは、順風満帆かと思いきや、お店を始めてからもっとも辛かった時期だったと二人は振り返ります。

地獄だったレストラン時代

カフェからレストランへ切り替え、夫婦でやりたいお店を実現するため少しずつ進んできた。しかし、素材にこだわるレストランも長くは続かず、カフェの頃から数えて7年目を迎えたタイミングで、お店を完全に閉じる決断をします。

辞めることには葛藤も大きかったそうだが、なぜ辞めることにしたのだろう。

「子どもが生まれて、おんぶしながら働いてたんです。泣いててもほったらかしの状態で、その間にもランチの注文は入るし、パンの持ち帰りも入り、お客さんもお待たせする。ほんとに地獄のようでしたし、楽しくなかったです。予約が入るとほんとは喜ばないといけないのに不安が先で、楽しめてなかったことにもその時は気づいていませんでした」

「下の子を身ごもって、二人目も同じになるのは嫌でした。仕事も家のこともどっちもちゃんと見たいと思いお店と自宅を一緒にして、ちょうどテイクアウトのパンとお菓子がすごい人気になってきていたので、そっちに絞ることにしました。結果この形にしてよかったと思います」

たまたま販売した商品が活路に

パンとカヌレ。

コース料理には欠かせないパンやデザートは、どうしても料理には出せない端数が出てしまう。そこで、ロスを出さないようテイクアウト用で店頭に並べてみたり、自分たちがよく行くスーパーにお願いをして販売をさせてもらうことになったのが、今のスタイルの始まりだった。

すると、レストランでは、食後のお客さんから美味しかったから買って帰りたかったと言ってもらえたり、取り置きしてほしいとテイクアウトだけの予約まで入るようになり、端数だけでは足りなくなるという嬉しい悲鳴が上がるようになる。

しかしその一方、予想外の人気となったおかげで、せっかく置かせてもらえるようになったスーパーには、売り場があるもののなかなか商品が並ばないという事態が起きてしまいます。

「ランチを出しながらパンやお菓子も作るということが難しく、どちらかを選ばないといけなくなったときに、自分たちの生活や子どもたちのことを考えると、お店を構えるよりも工房でパンとお菓子の製造に専念した方がいいと判断しました」

自分たちに合わせた働き方へ

パンとカヌレ。 パンとカヌレ。

そして、レストラン『Brutus.』を閉めた後、同じ市内で別の場所を新たに借り、そこにパンとお菓子の小さな工房を作る。美味しくて心と体が喜ぶものをテーマに、お店の名前も『パンとカヌレ。』に改め、再スタートを切ります。

市街地にある場所は、便利で人通りの多いエリアだったこともあり、住居兼工房でありながら月に数回程度のオープンデイを設けた。不定期な開催にもかかわらず、なかなか買えないパンとお菓子を求めて行列ができるようになります。

また、工房での販売とスーパーなどの卸販売に加え、各地で行われるイベントへも精力的に出店していきます。コロナの前までは、地元だけでなく、大阪や神戸、京都、広島、岡山、四国といった遠方にまで足を運び、たくさんのイベントに参加してきたことで、さらにじわじわとファンを増やします。

パンとカヌレ。

イベント出店の様子

パンとカヌレ。

しかし、工房は賑やかな場所にあったこともあり、車の行き来も多い。さらには駐車場がないことで車の列もできてしまい、近所の迷惑になり始め、なかなか開けられないことも多くなります。

また、コロナによってイベントが軒並み中止となり、一年先まで決まっていた予定もポッカリとなくなってしまいました。

イベントがなくなってしまったことで思わぬ時間ができたことで、もっとのびのびと自分たちらしく暮らしたい、いつかまた自分たちが理想とするお店を作りたいと考えるようになり、今のタイミングで工房と住居を移すことを考え、再び新たな場所を探し始めます。

パンとカヌレ。

家を探しを始めた時、最初に候補にあがったのが豊岡市にある神美(かみよし)地区と呼ばれるエリア。昔からよく行く場所で知り合いも多く、いつかここで暮らせたらというのが二人の長年の夢だったと言います。

そんな地区に呼び寄せられるかのように、兼ねてから切望していた物件を購入できることになり、2021年7月にこの場所に移転し、10年目を新たにスタートすることになります。

しかし、移転後二カ月が経った今もまだここには工房しか設けられていない。お店を開く予定はあるのだろうか。

「引っ越したらお店をやろうとは言ってましたが、道が狭いし分かりにくくて。村の人しか通らない道だから、近所のことも考えると難しいかもしれないですが、自分たちとしては常じゃなくてもやりたい気持ちもあります」

「それに今は子どももまだ小さいですし、商品を作る体制も安定していないので、落ち着いてきて製造量を増やせたらできたらいいなと思っています。こんなところまで来てくれるか分からないですけど(笑)」

自分たちが食べたいものを作る

パンとカヌレ。

レストラン時代にも人気の高かったカヌレ

パンとカヌレ。

レモンケーキはなかなか出会えないレアな商品

パンとカヌレ。

ナチュラルチーズを使ったピザトーストも人気商品

パンとカヌレ。は、その名前の通り、パンとカヌレが看板商品の工房だが、オンラインで販売しているネットショップのページをのぞいて見ると、同じくらい美味しそうなレモンケーキやシフォンケーキ、パウンドケーキ、焼き菓子、さらには、ピザまで並んでいる。

レストランでコース料理を出していた家元さんたちだからこそ、さまざまなメニューが作れるのは当然と言えば当然だが、その中でカヌレをお店の名前に掲げたのはなぜでしょうか?

「アイデアは奥さんの食べたいが大きくて、食べたいと言ったからですね。ポンと出てきたものを形にして、それがたまたまお客さんとマッチして反応が良かったのがカヌレです。作り出した頃はメインじゃなくいろいろな中の一つでしたが、何かに特化したお店にするとなったときに、売れ筋で選んだのがカヌレでした。あと響きがよかったのもあります」

お菓子づくりの担当は翔平さん。カヌレは代表的なメニューですが、基本的にはそこに縛られずお客さまの注文に合わせたものを作るようにしているといいます。

「基本カヌレを大量に作るようにはしていますが、注文があればそれ以外も作りますし、実は名前の下にパンと焼き菓子のお店ですと、説明を入れているくらいパンと何かはこだわってないのかもしれません」

お店がなくてもコミュニケーションを大切にしたい

パンとカヌレ。

製造がひと段落すると、車で配達に出るということで同行させていただいた。

豊岡市がある但馬地域は、広大な面積で車とは言え移動はそれなりに時間がかかる。自分たちで配達することは非効率にも思うが、家元さんたちにとってこの配達の時間は、特別なものなんだそう。

「気分転換になるんです。ドライブがてら持って行き、直接感想をいただける。実際の声を聞けるのが嬉しくて。レストランのときは、美味しいとお世辞でも言ってもらえて嬉しかったけど、工房に籠ってると実感が湧かず、本当に大丈夫かな、本当に売れてるのかな、美味しかったかなって思うので、配達はすごく大事です」

「それに、置かせてもらっているスーパーは、レストランをやっていた時にランチで出たパンの端数を最初に契約して置かせてもらった場所なので、これからも大切に販売していきたいと思っています」

パンとカヌレ。パンとカヌレ。

配達先には、メインの卸先であるスーパーの他に、個人宅も含まれる。場合によってはパンひとつから持って行くこともあるというから驚きだ。

「お店がない分、定期的に買ってくれる方には一個でも持って行き、そこでお話しすることは大切にしたいし大事かなと思っています。スーパーに置いているだけだと常連さんだけど顔を知らなかったりするので、持って行って機会があればコミュニケーションを取っていきたいです」

「ただ、一日中作るだけの日もありますし、作ったものを一気に持って行く日もあります。ネットの出荷だけの日もあります。その日によってやってることは違うので、ひとつからでも持っていきますが、こちらの都合に合わせてもらっています」

どこで買えるのか分かっていても、いつ入荷されるのか分からず、「売ってなかった」「買えなかった」という声も多いという。

どうすれば確実に買えるのだろう。

「スーパーには、できるだけ毎日持って行くようにしています。でも、どうしても予約状況やネット注文など、他との兼ね合いで行けないことや持っていける量が変わるので、売ってないって言われることも多いですが、すみませんとしか今は言えない状況なんです」

原料にこだわるワケ

パンとカヌレ。

配達の途中には、地元の生産者のところへ立ち寄り、パンやお菓子で使う原料の仕入れにも回る。

取材の日に立ち寄ったのは、同じ市内にある地元のナカツカサファームさん。ここの有機全粒粉を仕入れて使用させてもらっているそう。

他にも地元の平飼いの卵や牛乳、国産小麦、きび砂糖、天日塩、グラスフェッドバターなど、安心安全の素材を厳選して使用している。

パンとカヌレ。のパンは、もちもちとした食感と甘みが強いのが特徴だが、これは北海道産の春よ恋と呼ばれる小麦粉の中でも、もっともグレードの高いものを使っているためだが、このように材料にこだわればこだわるほど、価格は高くなってしまう。そこまでして材料にこだわるワケは、翔平さんのアレルギーにあるという。

「子どもの頃からアレルギーやアトピーがありました。京都で一人暮らしをしていた若い頃は、ほんとろくでもない生活をしていたことで、肌にすごい出たんです。それで食べ物から来ることを感じて、自分が食に関わる仕事をしているのにそこをないがしろにするんじゃなくて、もっとできることがあると思って、しっかり選んで使うようになりました」

「奥さんもそこに共感してくれて、それじゃあ素材にこだわった方向性でやっていこうと決めて、勉強しながら少しずつ取り入れたら、実際にぼくは調子が良くなりました。だから、まだまだ変えられることはたくさんありますが、一気にはできないので段階を経てちょっとずつ研ぎ澄ましたものにできたらなと思います」

手間をかけて安心安全で美味しいものを

パンとカヌレ。 パンとカヌレ。

家元さんたちが、工房に立つのはほぼ毎日。予約の状況にもよるのと、子どもたちの休みに合わせて日曜日はできるだけ休むようにはしているというが、完全になにもしない日というのはないそうだ。

ひとつひとつ手作りしているパンとお菓子は、どうしても手間と時間がかかる。発酵など必ず待たなければならない時間もあるため、不規則な働き方になってしまうようだ。

「自家製酵母はどうしても発酵に2日からひどいときは10日かかるときもあります。うちは発酵機などは使わず自然に膨らんでくれるのを待って焼いていくので、どうしても時間がかかります」

「すると、それだけだと製造が追いつかないので、イーストとは違う天然酵母で海洋酵母というのを見つけました。海洋酵母は、海の微生物から取れる天然の酵母で、すごく自然なもので味も良かったので、併用して使うことで製造が追いつくようにしています」

じっくりと時間をかけて焼くカヌレも当然ながら時間がかかるが、だからこそ外はカリッと中はしっとりもっちりとした独特の食感を生み出している。

「カヌレは、生地を寝かす時間もかかり、焼き時間も2時間くらいかけてじっくり焼きます。温度調整をしてもっと早く焼くこともできますが、時間をかけて焼くやり方をしてるので、マックスで一日200個くらいが限界です」

変わり続けて見つけた答え

パンとカヌレ。

家元さんはお店を始めて10年を迎えた。

カフェから始まり、レストラン、前の工房、そして今の工房と、この10年で目まぐるしく変わり続けてきたが、ようやくその答えのような場所に拠点を構えることになった。

新たな場所での暮らしと仕事が始まり、この先はどのようになっていきそうですか?

「自分で店を始めてからは10年が経つんですけど、その時々の自分たちによって変えながらやってきたので、やっぱりずっと続いているお店ってすごいなって思います。だけど、ようやく腰を据えて落ち着けるこの場所に出会いました」

「このあたりでどんなものが作られているのかを近所の人に聞いて回ったり、おもしろい農家さんを教えてもらったりもしているので、もっとこの地域の食材を勉強して使っていけたらと思っています。のちのち将来の大きな展開として、また月に1~2回くらいはここまでお客さまに来ていただいて、食べてもらえるようにしたいです」

ヤドカリのように住居もお店も変わり続けてきた家元さんたちが、最終的にたどり着いた場所は、二人の人柄そのままのようなとても穏やかな場所だった。

10年目の取り組みが、静かに始まったところだ。

 

撮影:だしフォト

店舗名 パンとカヌレ。
営業 基本的に予約販売
定休日 不定休
URL オンラインショップ
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(2021.10.07)

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