のしごとのトップ / 残したい風景がある (里山まるごとホテルのしごと)
まいもん。
能登弁でうまいもののことを言います。
石川県・能登のまいもんと自然とともにある暮らしを伝えるために、3つの生産者さんと、地域と外を繋ぐ1つの施設を訪れました。
生まれ育った町や、旅行で訪れた場所。
誰しも、大切にしたい大好きな景色や、記憶に色濃く残る想い出の風景がある。
しかし、そんな景色や場所が当たり前にあることや、この先もずっとそのままであり続ける可能性は少ない。
誰かが守らなければ残していけない。そんな状況は、すぐそこまで来てしまっている。
羽田空港から約1時間飛ぶと、眼下に能登半島が見えてくる。
到着した『のと里山空港』があるのは、人口2000人ほどの小さな町、輪島市三井町(みいまち)と呼ばれる町だ。
能登半島は、2011年に伝統的な農林魚業、農村・漁村文化、風景、暮らしが残る地域として世界農業遺産に選ばれた。しかし、そんな地域も消滅可能性都市の一つであり、2040年までに能登半島では9割もの自治体が消滅する可能性がある深刻な状況があり、この三井町も15年後には1000人まで人口が減ってしまうという予測が出ています。
このまま人口が減り続ければ、この地域を支えてきた農業や暮らしの担い手はいなくなり、耕作放棄地や空き家が増えていってしまう。そんな状況にある三井町の風景を守りたいと、東京から一人の男性が移住し、そして彼はこれまでのような一過性の拠点周遊型の観光地ではなく、訪れた人が持続性のある地域との関わりを持てる『関係地づくり』が必要だと考え訴え続けた。
そして、今では地域の方だけでなく、全国の協力者をも巻き込んだ新しい取り組みが始まりつつあります。
そんな地域と外を繋ぐ場所を訪れました。
空港から車で10分ほど走ると、山に囲まれた美しい田園風景の中に、ぽつんと立つ茅葺き屋根の建物が見えてくる。
ここは『里山まるごとホテル/茅葺庵 三井の里』だ。
里山まるごとホテルとは、この茅葺きの建物のことでもあり、地域全体をホテルに見立てたいわゆるまちづくり計画のことを指す。
この建物を、古民家レストランとホテルのレセプションに、近隣の古民家を宿泊施設として、そして地域の直売所をお土産コーナー、日帰り温泉を大浴場にすることで、里山全体を大きなホテルに見立て、能登の暮らしを”まるごと”堪能してもらう。
そんな壮大な計画がこの『里山まるごとホテル』計画だ。
この茅葺きの建物は『茅葺庵 三井の里』と、もともとは呼ばれていました。
地域の憩いの場として長年愛されてきましたが、2018年に古民家レストランとレセプション、リラクゼーションサロンと物販スペースを併設した複合施設『里山まるごとホテル/茅葺庵 三井の里』へと生まれ変わった。
宿泊できる古民家が現在改修を進められているところだが、既に一部の農家さんのお家に民泊が出来たり、サイクリングツアーによる観光案内もスタートし、里山をまるごと楽しめる計画は、徐々に始まっています。
そう、この場所こそが『里山まるごとホテル』計画の全ての基点となる。まずはこの場所を訪れ、そして里山全体へと繋がっていくのだ。
レストランである茅葺庵では、市場に出回りにくい希少性の高い輪島のお米を釜戸で炊き、能登の山の幸、海の幸を丁寧に調理したご飯が提供される。レシピはほとんどが地域の人から教えてもらった田舎料理。里山の知恵と食材をふんだんに味わうことができる。
カフェのスイーツも同様だ。近所の山で獲れたフルーツや栗などの季節の恵みを惜しげなく盛り付けられている。使われている器ももちろん地元のものがほとんど。全てにストーリーが込められていて、なんとなく提供されているものはない。
この一皿だけでも、輪島をまるごと感じることができるが、随所にこうした地域のおもてなしが盛り込まれている。
美しい風景と、美味しい料理。
初めて来た人には、どこか懐かしさとそして驚きと感動を味わえる『里山まるごとホテル』。
茅葺庵 三井の里ができたのは、今から16年前。この地域は、平成のはじめの頃まで茅葺きの建物がたくさん残っており、それを活かしたまちづくりの取り組みの一環で、隣の集落にもともとあった築150年の茅葺きの古民家をここに移築してきた。それが『茅葺庵 三井の里』だ。
そして長きに渡り、地域の方の憩いの場として親しまれたこの建物は、2年ほど前に存続の危機にあったという。一体なにが起こり、そしてそのような状況の中でも当時の面影を残し、今も継続できているのはなぜだろう。
里山まるごとホテルを運営する『株式会社 百笑の暮らし』代表の山本さんにお話を伺いました。
里山まるごとホテルの建物は、輪島市の指定管理事業の一つで民間に委託し、管理をしてもらう手法を取っている。そのため三年ごとに管理者を決めるのだが、プロポーザル方式で行われるため、地域の方や想いのある方が必ずしも運営をするというわけではないのが実情だという。
そのため、地域外の業者に管理者が変わってから状況は一変してしまった。
「もともとは、ぼくが今もお世話になってる地域の人たちが中心になって運営してたんです。ただ、プロポーザルで三井町以外の民間業者が中心となった管理者に変わってしまい、うまくやってくれたらよかったんですけど見事に外してしまったんです」
「様々な取り組みはしていたのですがうまくいかず、3年目にはコストカットのためか、コロッケや焼き鳥の定食、牛丼がでる何でもないお店になり、一日の利用者が5名ほどになるまで減ってしまいました。それを目の当たりにして、自分が能登を好きになるきっかけの場所だったので悲しかったですね」
そんな状況を見ていた山本さんは、この場所の次の管理者募集のプロポーザルで手を挙げ、2018年4月に指定管理者になりました。
「自分はお客さんに直接向き合ったサービスがやりたい仕事で、能登の魅力を楽しんでもらえる場が作りたいと思いました。ここを昔やってた地域の人たちは80代になってしまい、もう自分たち中心にはできないから『やったらいいよ』と後押ししてもらえたので、手を挙げさせてもらいました」
これまで地域外の業者が運営をしていたことで、何をやってるお店か分からないと地元の方も遠ざかってしまった。
しかし、『里山まるごとホテル/茅葺庵 三井の里』として再スタートし、山本さんや地域の方が協力して運営するようになったことで、今では全体の4割ほどが地域のお客さんの利用で、少しずつ以前の憩いの場としての機能を取り戻しつつある。
「子供づれから年配のご夫婦やグループ。ほんといろんな世代の方にきていただいてますし、そういう方が入り混じる空間を目指していました。地域の方と外の方が会話をするといったことが自然発生的に発生していたりすると嬉しくなりますね」
この里山の風景を誰もよりも愛し、そして地域との繋がりを大切にする山本さんは、東京・世田谷の出身でこの町は地元ではない。
この町との出会いは、東京農業大学のゼミで農村風景の研究をしていた際、夏合宿で輪島市三井町に始めて訪れた時。20歳の時だったそうです。
「最初に立ち寄ったのが実は茅葺庵でした。その時に、縁側からの風景を見て、吹いてくる風やそこで過ごす時間に感動して能登のことを好きになりました。その後、この町の景観をテーマに卒業論文を書くために何度も訪れ、そのうちに地域の人たちの暮らしの仕方、都会とは全く違う里山にある暮らし方にすごい感動しました」
「朝から山に入り、野菜やキノコを採って朝食を振る舞ってくれるじいちゃんがいたり、胃の調子が悪いときは体調に合わせて周りの植物を生かしたり。そういう知恵や自然を活かす持続可能な暮らし、自然との関わり方ができ、しかもそれを独り占めするんじゃなくておすそ分けして、物々交換しあうコミュニティがほんと豊かだと思いました」
「それは都会の経済社会とは全く違い、自分もどうせ生きていくならばそういう豊かさを享受できる生き方を選択したいし、生き方を引き継いでいきたいと思ったのが移住したきっかけです」
しかし、移住したいと思ってもすぐに輪島で仕事を見つけることはできなかった。
「大学を卒業する時に、いつかは輪島に住みたいという気持ちはありました。でも、若者の移住向けの就職情報は、その当時ぜんぜんなかったので一度就職することにしましたが、移住後も役立つような地域づくりのスキルを得ようと思って、まちづくりの会社に入りました」
この会社でコンサルタントとして5年。しっかりと経験を積んだ後、農業スクールにも通って準備をし、いよいよ2014年に三井町に移住します。
移住する決め手となったのは、輪島市が募集していた『地域おこし協力隊』の制度でした。山本さんは、地域おこし協力隊としてこの町に赴任し、住民の方と交流しながら様々な事業を立ち上げます。
「輪島能登米物語というお米のプロデュースをしたり、みい里山百笑の会という地域づくりの団体を立ち上げて加工品を作って販売をしたり、茅葺き屋根の材料を山で収穫しコミュニティビジネスとして市に買い取ってもらったり、地域資源をお金に変えていこうという活動をしていました」
山本さんがプロデュースした能登輪島米物語は、日本全国のお米を集めたお米の祭典『渋谷ロフトご飯フェス』で大賞を受賞する。
その後、協力隊の任期が終了したタイミングで、茅葺庵 三井の里を中心とした、里山を一つのホテルに見立てる『里山まるごとホテル』計画を構想します。
この計画を実現するために、起業家の発掘・育成・支援を行う日本最大のソーシャルビジネスコンテスト『みんなの夢AWARD』に参加し、熱い想いをプレゼンした山本さんは、過去最大数の企業からサポートを得ることになります。
「地域おこし協力隊の後、一年間だけ準備期間を設けていました。その間に夢アワードに出させてもらい、食関係の大手企業から応援してもらえる形を作ることができました。実際にその会社の方が来てくれて試食会をしたり、オペレーションチェックをしてくれて、オーダー表の貼り方から全て教えてもらえたのはすごい助かりました」
「それと、お店を始める前の一ヶ月間、キッチンカーを借りてここの前でカレーを出して仕込みの流れやお客さんの反応を見る機会を作りました。この一年間でいろいろと準備ができたのは大きかったです。まあでも始まったら結局てんやわんやですけどね(笑)」
一年半やってきて手応えはいかがですか?
「数字上では、利用者は6倍に伸び、売上も8倍に増えました。『レアチーズ』のおかげでお客さんがお客さんを連れてきてくれる関係ができて、リピーターの方もすごい増えたり、取材の依頼も入るなど動きがどんどん出てきているので、手応えはかなりありますが、ほんとまだまだあと一歩二歩努力が必要だと思っています」
「いろんな方がいろんな形で関わってくれています」という山本さんの言葉通り、里山まるごとホテルを支えるのは、多くの里山に暮らす方々に限らない。夢アワードで共感してくれた外部の企業もそうですが、茅葺庵で出している人気のスイーツも今では外すことができない。
季節のフルーツソースがかけられたレアチーズと呼ばれるスイーツは、東京・墨田区にある『東向島珈琲店』の人気メニューの一つ。山本さんは、以前からこのカフェを利用したことがあり、マスターとも交流があった。
そんなご縁から、東向島珈琲店のマスター井奈波さんは、このレアチーズが里山まるごとホテルの力になれるならと、快くレシピを提供してくれた。しかし、ただレシピを提供するだけではなく、その地域にある食材を使ったオリジナルソースを作り、ここならではのレアチーズを提供してはどうかと逆提案をし、オリジナルレアチーズ作りがスタートする。
「最初にこの話を聞いたときは、『そんなことが可能なんですか?』と驚きました。それで、井奈波さんに2018年の8月末に輪島に来ていただきました。まずは、いろいろと能登を巡ってもらいながらソースになる食材を探したり、地域の方を招待して試食会をし、その後1ヶ月ほどかけて試作したものを東京に送りチェックをしてもらいました」
完成までには苦労もあったのでしょうか?
「大変は大変でしたけど、丁寧に教えていただいたのでとても助かりました。ただ、この質感でいいのかなとか、ドキドキしながらやってたのはありますね」
こうして、東向島珈琲店の人気メニューのレシピを譲り受け、2019年1月より提供がスタートした。すると、このメニューを目当て来てくれるお客さんが増え、観光客がぐっと減る冬の時期の茅葺庵の売り上げを支えてくれました。
「レアチーズのことで新聞にも掲載いただいて来てくださった方もいたり、美味しかったから別のお客さんを連れてきてくれることもあって、閑散期の冬に入って12月はお客さんが減ったんですが、1月にレアチーズを出してからお客さんが戻りました。明らかにデザートが出るようにもなって、カフェの利用者が圧倒的に増えましたね」
今では、逆に能登の食材を東京に送り、東向島珈琲店でも能登の食材を使ったフルーツソースが提供されることもしばしばある。定番にもなりつつある和製ブルーベリーと呼ばれる『なつはぜ』のソースは、井奈波さん自ら能登の山に入り、山本さんと一緒に見つけたフルーツだ。
「レアチーズを一緒にさせてもらっておもしろいなと思うのは、井奈波さんたちに輪島に来てもらい、自分が大切にしたいこっちの暮らしの価値を一緒に楽しんでもらえることなんです。ほんとに仕事の関係というよりも仲間というか。一緒に木を切ったり山に入ったり。なんかそういうのをいいと思える仲間が増えた感じなんです」
墨田区との繋がりが生まれたことで、定期的に輪島に旅行や視察へ行く流れができつつあり、山本さんが目指す『関係地づくり』は少しずつ形になり始めています。
里山まるごとホテルのロゴやデザインを担当するのも、実は県外の方が関わる。
こちらは、山本さんの奥さんの同級生で東京・世田谷区にあるデザイン事務所サンポノの江口さんに依頼。
「デザインをお願いしている江口さんも、東京に住んでいながら自分で畑を借りて作っていたりして、農とか自給自足の暮らしにも強い。ちゃんとデザインができて外の目を持つ人材ってなかなかいないし、仕事に対する考え方もすごい哲学を持ってるので、この人とならおもしろく仕事できそうだし、安心して任せられそうだと思いました」
こうして江口さんにお願いした里山まるごとホテルのデザインは、2019年11月に『Red Dot Award 2019』と呼ばれるドイツで60年以上続くデザイン賞を受賞する快挙を果たした。
東向島珈琲店のレアチーズと江口さんのデザイン。どちらにも共通して言えるのは、自走できるための環境づくりだ。
東向島珈琲店のレアチーズはレシピを提供し、自分たちで提供できるようになった。さらに、レアチーズにかけるソースは、その土地の食材を使って作れるので、山本さんたちが季節ごとに食材をチョイスし自分たちで考え提供している。レシピはあるものの、しっかりとこの地域らしさが出ている。
そして、江口さんのデザインもあくまで全体的なデザイン作り。その後の運用は山本さんの方で行えるように考えて作られていて、メニュー表などの更新は自分たちでできるが、クオリティが落ちないようにバランスが考えれている。
外の方が多く関わっているものの完全にお任せするというわけではなく、その先を見据えた持続可能な方法を常にみんなが考えている。
一方で地域の方の存在も欠かせない。
特に料理の部分では、みんなから『やちばあ』と呼ばれるお母さん。茅葺庵のレストランで出される料理は、やちさんの知恵がベースとなった田舎料理。
こうした地域の方を巻き込み、たくさんの方に関わってもらっているのもここの特徴の一つだと言える。
三井町は、人口の少ない地域。仲間を集めるのは難しかったのではないでしょうか?
「最初は4人でスタートしましたが、それだとシフトが組めなかったですね。一週間して今フルで働いてくれる71歳のおばあちゃんが入ってくれたり、地域の暮らしを学びたいという20代の子が隣町にUターンして、うちに興味を持ってくれて入ってくれました。ほんと人の縁で少しずつ見つけては採用させてもらってます」
「最近、軸のあることをやっていたら周りの人は気にかけてくれますし、いい人材も集まってくるということを感じます。一年経って、おかげで認知されてきたのか、ほんとにうちのことを興味持ってくれる方が増えたように感じます。今、出産で離れている子もいて、もし戻ってきてくれるなら、その時にいい状態で戻れるように会社も安定させたいですね」
そして、茅葺庵の完全予約制のリラクゼーションサロンを運営するのは、山本さんの奥さんの晶子さん。晶子さんも東京の出身で、能登の景色の中で人を癒す仕事がしたいと東京でセラピスト育成スクールに通い、能登産の椿やヒバのオイルを使ったオイルマッサージを行われています。
東京出身のお二人。輪島の暮らしで驚いたことはないかを伺ってみます。
「最近、しみじみ思うのは旬のもののいただきものが多いことがありがたいですね。人にあげるということがすごくフランクに行われていて、たくさん取れたからシェアしようって意識の方がほんと多いです」
「それに、子供がお赤飯が好きと言ったら、炊いて持ってきてくださったりするんですが、そのままどうぞじゃなくて一回で食べられるサイズに一つずつラップで包んで持ってきてくれて、人のために手間暇かけるということがすごく自然にできる方がたくさんいます」
始まったばかりの里山まるごとホテル計画。
この先の展望を伺いました。
「里山の暮らしを楽しむための入り口でありたいと思っているので、暮らしを楽しむ人をどんどん増やしていきたいのがこれからの目標です。そのためにも、風景を守りながらこの5年で宿として空き家を5棟リノベーションし、そこで里山の時間を楽しめる場所づくりをしていきたいと思っています」
山本さんを中心に、少しずつ変わり始める三井町の里山。しかし、この場所がなくなってしまう可能性がなくなったわけではないし、これからももっともっと多くの方が関わり続けていくことが求められる。
この町の関係地づくりは、この風景が残っている限りこれからもずっとずっと続いて行く。
企業名 | 里山まるごとホテル |
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住所 | 石川県輪島市三井町小泉漆原14-2 |
URL | https://www.satoyamamarugoto.com/ |
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